「アフリカ」タグアーカイブ

世界の珈琲いろいろ~エリトリア編~

 世界中で受け入れられ、それぞれの国の文化と結びついて、さまざまな飲み方をされているコーヒー。各国のコーヒー事情を聞くシリーズです。

エリトリアには、「コーヒーセレモニー」という日本の茶道のようなコーヒーを飲む作法があります。それは、お祭りやお客さんが来たとき、また家族だけのときにもします。コーヒーを入れるのは女の人(主にお母さん)で、ロングスカートで、低い椅子に座ります。
①花や草を床に敷きます。
②お香(ITAN)を焚きます。
③お茶うけとして、ポップコーンを用意します。
④コーヒー豆を煎って、香りをみんなでかぎます。
⑤豆をつぶして、水といっしょにポットに入れて火にかけます。
⑥コーヒーは3杯飲みます。1杯めをKEDAMEYTI、2杯めをDEREJA、3杯めをBEREKAといいます。1杯めがいちばん濃く、だんだん薄くなります。

世界の珈琲いろいろ~エジプト編~

Egyptian Story about Coffee


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日本語の終助詞を研究しているというヌルさん

エジプトでは、昔からお見合いの風習があります(現在も少し残っています)。そのお見合いの席で、初めての顔合わせの際、女性が男性にコーヒーを淹れて出すという習慣がありました。

コーヒーを丁寧にゆっくりゆっくり淹れるのですが、これがとても大変な作業で、この工程がきちんとできないと、コーヒーを上手に淹れることができないのです。

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エジプトのヌルさんが淹れてくれたコーヒー。いい顔してるかな?

 

その時の淹れたコーヒーの表面を見て(エジプトでは、それを顔と表現します)、きれいな顔だと、イコール「いいお嫁さんになる」という意味になります。いい顔のコーヒーを淹れることは大変な作業なので、この難しいことができるということは、コーヒーだけでなく、家事全般(料理、洗濯、掃除など)が上手にできるいいお嫁さん、という意味になるのです。

もし、コーヒーを上手に淹れられなければ、その女性はお見合いを断られてしまいます。
それくらい、エジプトでコーヒーの顔を上手に作ることは難しいことで、反対に上手に顔をつくれたら、その人は素晴らしい女性と評価されるのです。

(取材協力:ヌルさん/関西国際センター研修生)

ココ・デ・メール ~世界最大の種子~

Coco de Mer ?The biggest seed in the world ?

フタゴヤシs
ココ・デ・メールの種子。漂流する実の存在だけが知られていて、自生地がわからなかったので、「ココ・デ・メール(フランス語で”海のヤシ”」と呼ばれていた。日本にも漂着したことがあるという。

セーシェルには、世界最大の種子を持つフルーツがあります。それは、ココ・デ・メール(和名 オオミヤシ 別名フタゴヤシ)で、ギネスブックにも載っています。種子の大きさは、約40センチ、重さは20キロぐらいになるものもあります。種子の形がユニークで、女性の下腹部のような形をしています。
果実は透明なゼリー状で、においはココナッツと同じ、味はココナッツより甘くおいしいです。木が実をつけるようになるまで25年ぐらい、実が熟成するのに数年かかります。
木には、雄株と雌株があり、雄花は男性を思わせる形をしています。セーシェル固有の種なので、種子は勝手に採取したり、国の許可なく輸出したりすることができないなど厳しく管理されています。
セーシェルの島々の中で、2番目に大きいプラスリン島(Praslin)にあるヴァレ・ド・メ公園にはココ・デ・メールが群生する原生林が残っており、ユネスコの世界自然遺産に登録されています。

 

 

ブラックファラオ?ヌビア人の王たち?

The Black Pharaohs

 

古代エジプトの歴史の中に、「ブラックファラオ」と呼ばれる異国から来た黒人の王が君臨した時代があったことを知っていますか?その王たちは現在のスーダンにあたるヌビアの出身でした。関西国際センターの研修生・ハッサンさんに、お話を伺いました。

my pictureハッサンs

「スーダンにはたくさんすばらしいものがあります。遺跡、宝物、自然、そして一番は優しく親切な人々です」と語るハッサンさん。「スーダンにはたくさんの部族が共存しています。結婚式や赤ちゃんが生まれたときにナイル川の水をかける習慣やヒエログリフのような古い文字といったヌビアの古い文化が残っている部族もあります」

 

現在スーダンとして知られている地域で、おもにナイル川流域に住んでいたヌビア人は、馬術で有名で、裸馬を乗りこなす優秀な騎兵でした。ヌビア語は東部スーダン諸語のひとつで、ナイロ=サハラ派の流れを汲んでいます。ヌビアの歴史は古く、30万年前の旧石器時代から始まっています。紀元前6000年ごろには、農業が行われ、エジプトとの交流が始まり、深いつながりを持つようになりました。

ヌビアという名前の由来にはいくつかの説がありますが、古代エジプト語で金を意味する「nebu」が起源という説が有力です。その名の通り、ヌビアは豊富な量の金を産出して、エジプトにとって重要な役割を果たしてきました。

?(編集部補足)ヌビアにはクシュ王国が成立したが、エジプト新王国時代には、エジプトの支配下におかれていた。その後、他国の侵攻により弱体化したエジプトをヌビア人の王が征服して、第25王朝(紀元前747-紀元前656年)を築いた。これが、「ブラックファラオ」と呼ばれる黒人の王たちの時代である。

ブラックファラオは、約100年間エジプトを支配しましたが、 最近までブラックファラオについてはあまり知られていませんでした。注目されるようになったのはこの40年ほどの間で、スイスの考古学者、シャルル・ボネらにより、遺跡の発掘調査が進んだからです。今は多くの遺跡が、水と砂の下に沈んでいます。

現在スーダンには240以上のピラミッドが残っています。スーダンの人々はこれらの遺跡を残し、古代のファラオを生んだ自国の歴史に誇りを持っています。残念ながら、ピラミッドのほとんどは19世紀に、盗掘にあったり、破壊されたりして、宝物は持ち去られてしまいました。世界遺産に登録されているナパタの神殿にある柱の浮き彫りは、王の脚しか残っていませんが、ブラックファラオは背が高く、とても強かったと言い伝えられています。

現在のスーダンも、金と石油など資源が豊富で、肥沃なナイル川周辺の平地で農業が盛んに行われています。牧畜も盛んで、化学肥料が使われていない牧草で育った家畜の肉は味も良いと評判で、巡礼で賑わうメッカをはじめとして、近隣諸国にも輸出されています。また、世界のアラビアガムの80%がスーダンで作られています。そして、スーダンは中東と西アフリカや南アフリカを結ぶ、交通の要衝でもあります。いろいろな意味で、スーダンはアフリカの重要な位置にあります。

リベリアの家庭料理

泉佐野市立佐野公民館 料理室にて。 *メニュー* ピーナッツスープ(魚介と鶏肉のスープ) オクラソース(西アフリカの定番煮込料理) *講師* お国でもよく友だちを招き料理でもてなしをするというハディアトゥさん (写真左から2人目)
泉佐野市立佐野公民館 料理室にて。*メニュー*ピーナッツスープ(魚介と鶏肉のスープ)オクラソース(西アフリカの定番煮込料理)*講師*お国でもよく友だちを招き料理でもてなしをするというハディアトゥさん (写真左から2人目)

アフリカ中西部に位置するリベリア出身のハディアトゥさんによる料理教室。国の紹介をしたりヘッドスカーフをまいたり、交流もたっぷり楽しめた料理教室でした。

ハディアトゥさんより
私はみんなを元気にするような明るくて強い女性が好きです。今日はリベリアの料理を紹介したり、icaの女性のみなさんとお話できてうれしく思いました。

私はリベリア駐日大使にこのすばらしい団体について報告しました。ヘッドスカーフの記事も大使館へ送っています。大使は本当に喜んで、icaに対する感謝の気持ちを深めています。

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201304_LiberiaCooking_3「楽しい時間過ごせた料理教室」
試食会の日、調理しているハディアトゥさんの近くにいた私がメモを取ったことがきっかけでこの企画に足を踏み入れることとなりました。
ハディアトゥさんは、まず大胆にもまな板を使わず魚を切り分け、固形調味料は手で握りつぶし、油をたっぷり使用し、揚げ物の最中に油の中に水を入れる豪快な料理を披露してくれました。
料理教室の当日は油を少なくし、水分多めの塩分控えめさっぱり関西系アフリカ料理となりましたが、美味しくいただくことができました。
また、食事のあとのお国紹介では、リベリアの女性進出が日本よりはるかに進んでいることを実感し(大統領から外交官までものすごく女性が多いのです)、最後のヘッドスカーフ体験ではハディアトゥさんのスタイリスト並みのファッションセンスに参加者は熱い視線を送っていました。非常に楽しい時間を過ごせたことに感謝です。(目)

その他の参加者の声
「スカーフ体験、おもしろかったです(M)」
「私はオクラを切りまし